木星について
木星は「拡大と発展の星」と呼ばれ、幸運だと言われているけれど、
これはどういうことなのか。
サインやハウスの性質を助長するので、
その分野ではラッキーだという解釈だけれど、
なぜこんなところに木星があるのか、と考えてみる。
私見では、その人がむしろ苦手にしている性質が、
木星の存在によってクローズアップされるということ。
そして彼等がその性質(ハウスの意味も含む)にエネルギーを注ぐことで、
自分に欠けていたクオリティーを開発できるのではないだろうか。
そうすることでエネルギーのバランスが取れて、
それが宇宙のエネルギーと調和する。
つまり、個人と宇宙がシンクロする。
そのハーモニーがラック(幸運)なんだろうなあ。
(2005.03.12)
土星について
今日は土星について一言。
土星は木星とは逆に、
それが入っているサインやハウスの活動を抑制するように働きます。
自分のすべきことや仕事を思い起こさせる天体です。
では、なぜそこに土星があるのかといえば、
そのサインやハウスを偏重しすぎた、使い過ぎたためではないのか。
または、何かが行き過ぎたとか。
それでそこをコントロールする必要がある。
だから、努力、責任、仕事etc.となる。
・・・でも、これだけでもないような気がする。
私達が生まれてくるのは、大体がレッスンのためで、
その時には上の解釈が当てはまる。
けれども、時として、
今生は今まで学んだことを人にシェア(分かち合う)したい、
と思って生まれてくる人もいる。
そんな時には土星は、その人の「使命」と解釈するのがいい。
これは土星本来の意味で、どんな教科書にも書いてあることだけど、
この場合にはそれがそのまま当てはまる。
その時土星はブレーキとして働くのではなくて、
人生の推進力として影響するのでしょう。
(2005.03.13)
プルートについて
プルートは太陽系に属していると思われていたけれど、
どうやらそうではなくて、
EKBO(エッジワース・カイパー・ベルト)に属するらしい。
EKBOというのは、約46億年前に太陽系が誕生した時にできた、
惑星になれなかった(ならなかった)天体の群れの総称のこと。
だから、今までトランス・プルートと呼んでいたけれど、
本当にはトランス・ネプチューンと呼ばなくてはいけないらしい。
プルートはtransformation(変容)の☆で、
そのパワーが炸裂する時、
泣く子も黙るどころか、大震災、活火山、大津波が(精神面で)起こる。
これに太刀打ちできる人はまずいない。
というか、その人の基盤自体が爆破されてしまう。
「死と再生」の☆、All or Nothing、だ。
で、プルートの威力が働く時というのは、
自己という名の太陽系が爆破する時なのだろう。
内惑星があって、火星、木星があって、土星で一応のエゴというセンターを築く。
土星あたりが自己の殻で、それよりもっと成長しようとした魂は、
天王星でAlternative Selfを垣間見させられ、
海王星でより高次元のビジョンを夢見るのだけれど、
まず、土星(今までしてきたこと、
そしてやり残してきたことの総体)を通過しなくてはならない。
それで、土星はカルマを意味するのだろう。
個人としての宿題をクリアしなければ、宇宙へと飛翔できないのだ。
冥王星は、だから、太陽系誕生以前の意志を伝えるミッション。
それを土星が「使命」として受け入れる。
カルマは土星側や冥王星からやってくるのではなく、
今までのパストライフで稚拙な使い方をしてきた内惑星達が、
太陽系を超えて銀河系の意識へとチューニングするために、
通らなくてはならない通過儀礼だ。
こうして書くと、なにかesotericな、
pshychicなことを言っているように聞こえていやなんだけど、
私が思うのはもっと天文的なことで、
地球という物体があって、太陽という物体の回りを自転しながら回っていて、
もっと遠くに冥王星という物体があって、
そこへ宇宙から銀河系へエネルギーが流れてきて
(どうして流れてくるのか、私は知らない)、
それが太陽系を(太陽を通して)通過する時に、
それまでのアンバランスが微調整されて、カオスがコスモスになる。
その際に今までカルマとか呼ばれていた現象も起こる。
・・・と、こんな感じで見てみたいのだ。
結局、大昔はAstrologyもAtronomyも同じだったのだから、
もう一度その視点に帰ってもいいと思う。
(2005.03.26)
太陽系の惑星/火星の位置付け
前前から気になっていたこと。
火星の位置付けについて。
その前に、私はどうしても、
太陽系の惑星をカバラの生命の樹に関係付けることに関心があって、
その時に火星がどんな意味を持つ惑星なのかが問題になる。
松村潔さんは、
火星と木星を社会的な意味合いを持つ惑星としているのだが、
そこがどうしても釈然としなくて困っていた点だ。
水星、金星をパーソナルとし、
月はその合体というか、パーソナル面の代表として、
太陽は自己(セルフ)として位置付けるのだが、
個人的には、火星もパーソナル天体として考えたいなあ、
実際のチャートを見ていると、
社会的な意味ももちろんあるんだけれど、
その前に意欲や、もっと卑近な意味として「欲望」として捉えると
説明がつく場合が多いような気がするんだけど。
というのが気になっていたところだ。
地球から見れば、火星は隣の星だから、
それだけ地球的感覚にも近いのではないか、
というのもその理由のひとつだった。
それに、
私には天体の配置(または役割配置)を幾何的に捉えたいところがある。
なぜかと言うと、そうすれば、
「真・善・美」や、「意志・智慧・愛」、
つまり「知・情・意」といった、三位一体の構造ができるからだ。
そして、木星と土星をペアにして中間に置き、
その後にトランス・サタニアンの三つの天体を、
水星には天王星、金星には海王星、火星には冥王星の
それぞれハイオクターブの天体として位置付けることができる。
これは、あまりに簡単すぎるのではないか、と言われるかもしれないけれど、
どうしてもそこが引っかかって仕方がなかったのだ。
今日、天文関係のサイトを見ていて遅まきながら気づいたこと。
火星と木星の軌道の間は、かなりあいていること。
火星と木星の間には小惑星群があること。
だからという訳ではないが、
これは火星がよりパーソナルに近い天体だという証拠にならないだろうか。
地球と構成物質も似ているし。
では、生命の樹の中で火星はどのセフィラーに対応するのか。
ゲブラーか、いっそのことマルクトに置くか。
これはまだ分からないのだけれど。
太陽から距離が遠い順に、ケテルから対応させたいところだけれど、
そう簡単にもいきそうにもないなあ。
冥王星の位置もケテルではなくダートに置きたいしなあ。
木星がケセド、これについてはいいけど、
そうすると、土星の位置はどうなるの?・・・
などなど、まだ釈然としないなあ。
それから、冥王星をダートに置きたい理由は、
冥王星が太陽系の惑星ではなく、
EKBO(エッジワース・カイパーベルト天体)だというのが最近の説だから。
(2006.03.06)
冥王星の占星術への影響?
結局、冥王星は太陽系から外されることになったけど、
テレビでも、占星術への影響が取り沙汰されている。
で、どうなるのか、ということで。。。
個人的な意見では。。。
チャートから冥王星が消えることはないと思う。
プルトニウム爆弾(冥王星の意味のひとつ)がなくなると、
チャート・リーディングに面白味というか、深みが消えてしまう。
あれは、太陽系外からの「意想外の介入」ということで、
今まで通りに使ったほうが良さそうだし、
太陽系外の★というステータスがはっきりしたので、
冥王星の意味自体も明白になった。
つまり、安定した太陽系を外側から揺さぶる★という役割。
これはこのままでいいはず。
ただ、変化する可能性はと言うと、蠍座のルーラーシップ。
これが、今まで通りに冥王星のままのか、
それとも、火星が支配星に戻るのか、
というのが意見の分かれるところなんだろうなぁ。
サインの支配星は;
牡羊(火星)、牡牛(金星)、双子(水星)
蟹(月)
獅子(太陽)
乙女(水星)、天秤(金星)、蠍(???)
射手(木星)、山羊(土星)
水瓶(天王星)、魚(海王星)
。。。対象性を考えると、
蠍は火星にしたほうがいいのかもしれない。
なぜかと言うと、最初の3つのサインが、火星・金星・水星で、
次に月、太陽が来て、その後にまた、
今度は逆の順番で水星・金星と並んでいる。
だから、蠍は火星、というのがいいのでは、ということです。
パーソナルな火星・金星・水星のセット(三位一体?)があって、
次にパーソナリティーの月がきて、
次が自己(セルフ)の太陽、
そしてまた三位一体の変形がくる、という並び方になる。
これは、幾何学的な美しさ、シンプルさが嬉しいです。
そのあとに拡大の木星、縮小の土星ときて、
天王星・海王星の、これもある意味、拡大作用の星がくる。
。。。美しい。そしてシンプル!
冥王星の「身分」がはっきりしたことで、
今まで太陽系の一部として考えていたエネルギーが、
実は太陽系外のエネルギーだったことに気付いた。
太陽系(=顕在意識の及ぶ範囲)を、
これまで撹乱していたカオスが、
実はそれは太陽系外のエネルギーだったということ。
これが今回の決定で明白になった、と捉えたらいいのかな。
またひとつ、人間の認識の枠が広がったってことだろうなあ。
IAUの最終決定は、個人的には賛成です。
P.S.
冥王星って、いや、プルートって、
平和なチャートに穴を穿つような感じがあるよね。
そして、チャートは平面から立体へ・・・
またしても、なんてこった、プルート!です。
(2006.08.26)