紅茶の時間(ティータイム)


少しばかり生温いミルクティーの味
それは膚色の時間の美味しさです
捉え難きアロマです
   その味わいと同様に私の在り処も捉え難い
それはまろやかな膚色の液体を飲むというより
気怠い時間そのものを喫むようなもの
   お茶というのはどんな種類もそれを賞味する時は
   時間という要素が介在します
   然し 少しばかり生温い午後の紅茶
   その美味しさといったら格別です
子供には理解できない不思議な飲み物
何か漠然とした焦燥感
大袈裟に表現してみれば つまりはデカダントな魅力です
何かの終わりの到来です 何かの終焉の始まりです
   極くうっすらとした狂おしさ
見えない意識の時計の針が情容赦もなく時を刻み
   顆粒状の乾いた時刻
それにつられて私の血潮もさらさらと透明になってゆく...
カフェがこんなにも人の気持ちを惹きたてるのは
それが私達の人生のメタファーだからです
   とりとめもない無為の日々
   一瞬の猶予もなく流れる無常の大河
今此処に在る私は 明日は逆巻く海の藻屑
   極くゆるやかな狂おしさ
それが停滞しないからこそ一層この時がいとおしい
アラビア砂漠の遊牧民が一日に幾度も珈琲を飲むのは
何も喉の渇きからばかりではありません
彼等は無為の徒然を喫茶によって潤しもし
またそのようにすることで
逃れゆく貴重な日々にアンダーラインを入れて強調し
自分の在り処を確かめる
   我未だ此処に有りや無しや
荒れ果てた時空の間に間に浮かぶ心許無い流浪の民
   儚き放浪 浮世草
こんなにも漠然とした甘く切ない広がりの中で
こちらもやはり曖昧な紅茶などを味わうことは
   実際お茶などというものは味など有って無きが如し
こんな遣る瀬無さにとってせめてもの慰めです
喫茶という単純な行為が
私という「所在無さ」を一瞬現世的なものにする
人がアンニュイだとか呼ぶ摑みどころのないものが
シエナ色の液体に物質化することで
僅かなりとも倦怠のエッセンスを抽出した気分になるのです
   摑みどころのないものを
   それでも摑もうとする哀しい精神
私はお茶など飲むことで この遣る瀬無さをなぞるのです
この忘れ難い儚さが私を昂揚させるのです
   儚さという成分のカフェイン
こんな雰囲気の中に長く居ることは自己消滅に繋がります
   すると私は自己消滅を願っているのでしょうか?
   ここから離れ難いのであれば...

やはりお茶はその種類によって醸し出す精神性が違います
お茶とはかくも精神的な液体
いとやんごとなき貴人の愉悦です...
珈琲...特にブラック・コーヒーは西欧的思索の伴侶です
それは意識の焦点を絞ります
緑茶はさりげない落ち着きの質
何の変哲も無い毎日の その異常な程の尋常さ
支那茶はたゆたう幾世の薫り 深山幽谷に遊ぶ老仙人
或はロココ趣味の贅沢です 華奢なシャンソンの華やぎです
霊性の高みを目指して天翔っていた両の翼が
しばしの休息にと舞い降りた
その慰安のひと時(束の間)です
その寛ぎのひと時(一瞬)です

琥珀製の放心状態...
カップ茶碗の中の膚色と それを飲み干す膚の色
   ホモサピエンスの膚色です
それ等二つが混じり合い 境界線を薄れゆき
   すでに私の輪郭も朧ろ
   喫茶室におけるコレスポンダンス
塵埃化した空気があたりに染み渉り 細胞の隅々に浸透すれば
   ごくゆるやかなくるおしさ
この嫋やかな沈黙を破る物音はもうひとつだってありません
すべてはたいへんなごやかで互いに支え合っているのです
何かここには無いものを顕そうとする光線の束
それがひとたびほどければ像は忽ち消え失せる
   ごくゆるやかなくるおしさ
   それはなにものかの不在です
   いえ 不在そのものの顕現です
その一見からっぽに見えるものが灼けつくような引力を発揮して
それに恍惚り見入っているうちに
私は次第に燃やされて薫りと変じてゆくのです
一条の紫煙を燻らせるささやかな香炉になるのです
その芳ばしさが醗酵し 室内に漲りわたる頃には
多分私という偽りの焔は消えて
所在無さと混沌と無力感との混淆である
ひとつの雰囲気になるのです

少しばかり生温い膚色の液体
それは限りない自己消滅への誘いです
そうして私はとろとろとなにものかの不在をの燕むのです









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