ニュートラル(オートバイのコラージュ・ロマン)




   物も音も人影もぐうっと下の方に沈んでしまって
   ここはさしずめ中間地帯
   あの輝かしき神性とかいう代物は
   まだずっと上方で頻りに何か叫んでいる...

そんなありがたい伝説にもいささか飽きて
さして明瞭な出発への意志があるのでもなく
自動的にかかってしまったエンジン音や弾むステップに誘われて
すっきり晴れ上がった青空のもと気ままに車輪を転がせば
考え事は跡形もなく溶けてゆき
もうあの澄みきった絵葉書様の世界に奇しくも迷い込んでいる
ずっしり天から降って来た普遍的な野原にゆるゆる昇る土けむり...
こんな時はいつだって景色は田舎風だ
それは不安定なタイヤの上で揺さぶられる意識というのは
鮮やかな知覚体験や思考の連なりという精神の寄生虫より
ほんの一歩だけ進化の輪を先駆けるので
(至極尤もらしい解釈が孵化する数瞬前の杳かな地平
 その扇情的な時刻のギャップ!)
そのタッチの差が古いとも野暮臭いとも感じられるのだ
それにこれからあの騒々しい町並みへと出かけて行って
今では皆なが欲しがっている新しいライフスタイルや
いずれどこかに建設されるはずの宇宙基地の噂など聞きかじってみても
どうせ金属だの遺伝子だの昔ながらの傲慢さなどを
いじっているだけなら少しも画期的なことではない
しかしどちらにしても私は鄙びた風景が好きだ

山も林も丘陵も今や強情な引力にへしつけられて
なだらかに喘ぎながら微睡んでいる
れんげ畑はぽやぽやの真昼の星空 土手の向うは鏡の国の水けむり...
セメント製の貯水槽の奥には菜の花の黄色い絨毯だ
緑のふくよかなシーツを縫って錆びた鉄線と立て札がある
湿った土の懐かしい匂いと旺盛な草いきれのためにこっちの息まで可笑しくなる
雑木林は今や水色のゼラチン質の中でぷるぷる震え
細かい霧状の粒子になって消えかかっている...
走行距離に比例してだんだん意識も薄れてゆけば
あの生暖かい昔ながらの未知がすっかり顔を覗かせている
私達はその全貌をいっぺんに把握する精神力がないから
何か妖精じみたものが忍び寄る時は
(それは人に喜びと希望をもたらすもの)
誰でも失神しかけたり頭の芯が痺れたり
たった独りで火星の赤土でも掘っているような気分になる
そしてそれの意味を取り逃がしたりまた摑まえたりをするうちに
そんなもどかしい経験を幾度も重ねるうちに
ようやくそれの正体と場所がはっきり分かるようになり
やがて知覚の地盤が固まりだした頃には
さらに一段上の夢幻(ゆめうつつ)が始まっている
それが私達の成長過程です

マルレーヌとか称する女王が君臨していそうなこのあたりは
微風さえ吹かない象牙色の春が絶品です
(これは移ろいやすいメロドラマの日本語による翻訳です)
雨上がりでもないのにふやけて見えるやわやわ盛り上がる黄色い大地
規則的なリズムに貫かれて進んで行くうちに
たちまち総身の毛孔から微かな熱が蒸発し始め
それが大気圏を巡るエネルギーのプールと融け合って
   ペールピンクの暖かな湯気
すでに私はエンジンの響きにすっぽり占領されている
(つまり私と非−私との輪郭がぼやけ
 私の感官が野原の向うまで広がっていったり
 また畑や林の思惑が私のところへ訪ねて来たり
 空気や想いや色んなものが伸びたり縮んだり致します)
その耳の奥底に広がる曖昧な曠野には
頬を真赤に燃やしたカシュガルの騎馬民族が住んでいて
煌めく文字や数値をいっぱいちりばめた公式や
黄金色にまばゆい天秤などをたいへん器用に操りながら
このふわふわと頼りない真昼の世界の本当の大きさを測定しているに違いない
あるいは この曲がりくねった道と麦畑の醸し出す相乗効果や
風船のような烏瓜と電信柱の相関関係が引き起こすセンセーションを
(これは一体何科の何種に属するのか)
その暗号を解読しようと心弾ませている
(彼等ほど真剣でよじれのない性格もありません)
もちろん騎馬民族なんて棲んでいないし そんな高原もないのだけれど
彼等の残していった砂塵ならあたりにもうもうと舞っている
   杳かな土地の懐かしさ
立ち止まりたいけれど止まらない
止まってしまえば俄かに崩れ消滅してしまう感覚がある
こうしてゆっくり走りながら
時にはゆっくり歩きながら考え事をする時には
頭の中や身体の中を透明な風が吹いていて埃や垢が溜まらない
それがたいへん気持ち良い
その時初めて私は新鮮な考えというものに邂逅する
しかしどこまで走ってみても皆な夢や幻だから
   大和の邦はまほろば
あとで柔らかな菜の花のベッドに身を任せて眠り込んでしまうのもいい...

もうどこにいるのか分からない
分からないならきっと地球のセンターあたりだろう
センターといえばあそこに鈍く明滅している赤信号は
自分こそ銀河系の中心であると考えているらしい
(その揺るぎない自信と誇らしさ)
私はその赤いライトの障害物を軽くクリアしてもいいのだが
こうして時速60キロという低速で走っているのだし
急いだところで当てもないから
(ゆっくり走ってみたところで実はやっぱり当てがない)
あちらの要求通りに止まってみたって悪くない
それに時速何キロと言ったところで
だいたい時間という概念自体があやふやで
時間は直進もしなければ密度や濃度もちゃんとあり
ねじ曲がって振り出しに戻ったり 時には完璧に止まってみたり
多種多様に混じり合い何層にも重なる場合もある...
そんなとりとめもないことを考えているうちに
見ろ!アメリカのとある街角にぶつかってしまった
いや 実際にはここはアメリカでもフランスでもないのだけれど
この空気のひどく乾いた具合が西海岸を彷彿とさせるのだし
何よりそこの電柱に緋いルージュのヤンキー娘が健康そうに笑っていれば
(陰影とか翳りとかまるで無いうすっぺらい陳腐なポスター)
これはもうどうしたってアメリカだ
仮にもしも隣の旅行会社のウインドーに
ぬけるような瑠璃色のとびきり上等な空が映っていれは
ここはたちまち物皆な発情期の獣のように
汗にまみれて光煌めく内なるアフリカに違いない
アフリカ!
そこで私の分身達は
(こんな麗らかな春の日には私はもう世界中に散らばっているような気がします)
さわやかな涼風が渦巻くスポンジ製の可愛らしい頭としなやかな鋼鉄の心臓を持ち
極く月並みなロマンスや何の変哲もないココア色のラブアフェアに
屈託なく熱中していることだろう
とにかく一体どうしてここがアルルかベネチアか分かるのだろう?
たとえばイスタンブールというイメージの宝庫があって
(それは大勢の人達の想像力による合作です)
そこから微細な粒子が飛び出して幻のイスタンブールを形成する
しかし本当はそのエキゾチックな都市の上空にも
シチリアの赤い情熱や大雪に埋もれた狂信的ロシアの
アトムが混じっているかも分からない...
そしてロスだのホノルルだのアラビアだのという
(白塗りのチュニスからモロッコまで)
様々な幻影がうろつく荒涼とした風土の中で
(繁華街へはどう行けばいいのですか?)
と丁寧に訪ねている私がいる
いや それはもう余程前のことで
今や私の覚束ないハンドルは土煙り立ち昇る武蔵野の台地で
次の十字路を右に曲がろうか左にしようかと決めかねているのだから情けない
いずれその刻限まで辿り着いた暁には何等かの偶然の働きにより
大き目の石でも転がって来ればゴムのタイヤは弾んでしまうし
大慌ての自転車でも飛び出して来れば
衝突を避けるためにどちらかへ曲がることになる
そういった進路の決定には
私の体内に巣食う大腸菌の意志さえ関わっているに相違なく
(私は様々なバクテリア達の慎ましくも調和のとれた共同体)
エンジンの唸りは遠い耳鳴り
私の道を尋ねる声も何だか白昼夢のよう
(繁華街へはどう行けばいいのですか?)
(ええ その角を入って真直ぐに)
   サイレントムービーのしがない役者達
質問者である私も応答者である彼の人も真昼の演技を愉しんでいる

あ 湖だ!
たたたたた...
とろりとした湖面は上等の蜂蜜で空気も何だかしっとりしている
とても静かな時などにはしんしんとした静けさと言うけれど
静かな時の頭の中は実にぽかんとしているものなのだ
白くてまばゆい空気の毬だ ふかふか弾むゴム毬だ
すうすうっと風は通るし
………
白い雲はどこへ流れてゆくのか
人々はどこへと急ぐのか
ヒトは許容量1300ccの妄想タンク
いわゆる脳ミソとかいう我がままな玩具を運搬している
それは何億何兆にも及ぶ細胞群をあちこちと引きずり回し
その羊飼いになりたがる癖がある
しかし私の主人は脳ミソではないのだから
私はこの膨大で曖昧模糊とした大地の涯てでは
素朴な潜水夫になるしか術がないのだろうか...
意味深長であれば存在がぼやけ
  無理矢理存在しようとすれば意味が通らない
私はそれを知っているのにそれが何かと訊かれると証明できない
………

さて ベレー帽をかぶった二人の児童がこちらに向って歩いて来る
淡い水色とレモンイエローに塗り分けられたルンビニ幼稚園の看板は
その昔イエスの信徒達が眺めたひなげしの花咲く丘陵と
ほぼ同緯度あたりに点滅している
黄と水色の優しい色調がナザレの空気を呼び起こす
とりとめもない甘ったるい雰囲気を醸し出す
たった今まで何をしていたか 考えていたのかを忘れさす
草の波間に漂う忘却物質
それも木目の細かな粒子となってもうぷるぷると震えている

このゆるやかなドライブ感
それはまだ終局へと辿り着きそうもない
精神の様々なシーンの展覧会が催されている廊下を抜けて
(この埃っぽい武蔵野の街道を抜けて)
一体どこへ行こうというのだろう
………
河の水はその行方など気にしないもの
必ず至福と知恵の海へ流れ入るものと信頼して
(いや 信頼など有っても無くても)
まず幸福感がここにある
それにピリッと私が感応するとたちまち幸福感は訪れる
この世ならぬ不幸や悲惨などに埋没してしまった時でさえ
高圧力で湧き出してしみじみ滲む喜びこそ河の唯一の証拠(あかし)です

我等ニュートラルゾーンの申し児達
あるいは麗しき放浪者
眼前に繰り広げられる綺羅びやかな屏風絵巻を愉しんでいる
それは多孔質の身体に七色の風をとおす旅路です
頭の中にはまだ様々な我楽多がいっぱい詰まっているが
この精神的なオートバイの射程距離内にあるものは
いずれすべて瓦解する運命なのです
一握りの清涼感しかないのがこちらの強み
風光明媚な自然の妙や天体や宇宙の伝説や
それらにつられて綾織りなされる美しき集いのポエジーもいいが
単純嗜好の私には
この毎瞬毎瞬自己増殖するゆるやかなドライブ感の方がいい







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