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現身(うつつみ) − This Very Body −
有翼天使 − Winged Angels それはまだうら若い少女期の嫋やかな指先だった そこから霊妙な気配が漂っていた 白くて華奢な指先に透明な翅が生えていた そこだけが何か異質の波動で不可思議に波打っていた 横顔は極く普通の少女の微笑で その他の部分もみんな普通の少女のもので しかも手の甲と指先だけは最早此の世のものではなかった! 慎ましく友人の背中を撫でたかと思うと (年齢には不釣合いなほどの慈愛に満ち) 次の瞬間には冷厳にも高々と宙へと掲げられる手だ (それにもまた年不相応な威厳がある) ここにも有翼天使がいる... と目の醒める思いがしたものだ きっと私達の気づかぬうちに彼等天的存在は 様々な者達の様々な部分に秘かに受肉しているのだろう 天使の指先 天使の眼差 天使の巻き毛に天使の微笑 去ってゆく後姿がすっかり天使だったりもする (私達は天上界と下界の混血児です) マルガリータの微笑 − Smile of Margarita マルガリータ あなたが笑いながらこちらへ駆けてきた時に 私の裡で何かが蕩けてしまうのでした あなたの疑うことを知らない無邪気さが 一瞬のうちに私の内奥にしみとおり あたりの空気を甘ったるく変質させたのです もうあなたが微笑んでいるのか私が微笑んでいるのか さっぱり見当がつかなくなって そこにはただあふれるような微笑が健やかに脈打っているのでした マルガリータ あなたの華やかな錬金術であたりは粒子の海原になり そこに浮かぶのは蛍光色の小さな熱帯魚 濡れたような睫毛 暖かい胸と柔らかな髪 見えないハープを爪弾く透明な指先 それらがみんな明るい陽射しの中で 蜂蜜のようにとけだしているのです マルガリータ あなたを構成している粒子はことごとく虹色の光彩を放ち においやかな大気を醸しだしています 長いこと 永遠とも感じられるほど長いこと あちこちの あれやこれやの心象風景の中を彷徨ってきた後で あなたのたいへんシンプルな微笑の酬いは もう私の胸に染みるのでした マルガリータ なにものかの恩寵によって息づいている者 なにものかにすべてを明け渡してしまう者 あなたのそのすべてのまろやかさの要素を私は もう一度なぞってみたいと思うのです 水色の眼差 − Pale Blue Eyes その水色の眼差を携えているあなたの可愛らしい頭と首筋を私は いつまでも優しく撫でてみたいのでした 爽やかな微風を孕んでいるゆったりしたシャツの白い袖が 私の胸の奥の方でかすかに哀しく靡くのでした いずれどこへとも知れず消滅してしまうはずのあなたの淡い青い影が いつまでも胸の彼方にひっかかって 泣きたくなるような甘い切なさを奏でるのでした いえ その影はもうあらかた消え失せてしまっているようで それが一層いとおしさを誘うのでした 時の狭間に消えゆく者... それなのに私はそんな後ろ姿を遠くから眺めているしかできなくて それが一層哀しみを誘うのでした あなたの訴えかけるような水色の眼差が胸の深みで震えています 麗人 − A Belle 憔悴したという呈で物憂げにソファーに凭れかかり 碧緑色の天鵞絨の袖と白くて華奢な指先の戯れが ゆるやかに弧を描いて虚空に舞う 何気ない また凡そ何にも興味がないとでもいうふうな表情 なんの前兆もなく不意に止まってしまうため 宙に浮いたかのような身のこなし 何事かを躊躇しているようでもあり そのくせ俄かに生き生きと 何の迷いもなく無邪気に再開され そのために却ってまわりの気圏が動揺したくらいだ 心地良く伸びた両脚と 寛いで柔らかな胴体に続き 凛として また重たげな彫刻のような頭部 すべてが不可視の液体のプールの中で静かに行われているようだ その液体は芳ばしく薫り あたりの空気は虹色の光彩を放つ それぞれの仕草は流れるようになめらかに 感応し合い一続きになり 匂いたつようなメロディーを奏でている 尤も彼女自身はそんな効果にはいたって無頓着で どこかしら抛りなふうにも見える それが却って彼女における優雅さを惹き立てている 始終寡黙でありながら 唇を開けば声は朗々と 草原を裸足で駆けめぐる羊飼いの少年を髣髴とさせ その少年の粗い生地のズボンはさらに 潮風に身を委ねる甲板上の水夫を喚起させ 然し はだけたシャツの胸元は妙に婀娜っぽく 臈たけた娼婦か昇天を俟つばかりの老人のようだ 屹然としていながらどこか自堕落でもあり とろけるような微笑とは裏腹に 容貌には疲労感さえ漂っている その微笑もこの上ない屈託のなさと ドキリとするような冷厳さが なんの違和感もなく自然に融合している つい今仕方堕天してきた異人のようでもあり また 幾世紀この方そこに佇んでいる賢者のようでもある 眼差は遠く 最早何も眺めてはいないのだが ただ彼女自身にも理解できない奇妙な焦燥感に戦慄いている ポエジーの化身 Silent Beauty あなたの薫りのよい寂かな粒子の群れに浸されて このまま息絶えてしまったら... 私がこのように在ることのなんと荒々しいことでしょう この嫋やかな寂けさのアトモスフィアの中に 優しく立ち止まっているあなたの 瞳はもう何も語っていません ただただ優しく緩やかに私に浸透するばかりです 潤いのある 然し軽く結ばれた唇は すでに何も語っていません いいえ それは先程何かしら私に告げた唇なのですが その言葉とは異なった何ものかが 私の身体の隅々まで浄めるように滲みこんだのです その音波にならない囁きは耳を澄ませば聴こえるでしょうか いいえ 聴こえてくるのはしんとしたふくよかな薫りばかり... あなたをとりまいている空気は泡立ちもせず穏やかに流れ あなたを形成しているのは細やかな色めく粒子 あなたの微妙な薫りのよい粒子の波間に透き徹されて このまま私も消え失せてしまえたら... 私が今尚在ることのなんと粗々しいことでしょう あなたはそれでも慈しみに満ちた背を向けて ゆっくり遠去かってゆくのでした 碧い眼 − Eyes of Blue 多分それは神秘の碧い淵で長い間そのエキスを浴びた眼差で いくらでも向う側へ遠退いていくようでした 物質的では決してない穏やかな 然し透徹した煌めきを放ち ふと微笑んだ時だけはこの世の者が持つ暖かさがあり (いえ その暖かさもやはりあの世の神々しさです) 真顔に戻れば再びあの独特の冷厳さが顕われる それを何かの偶然から 或はほんの気紛れからちらりと覗き込んだだけで 忽ちどこへとも知れない大気圏の彼方に攫われてしまうようでした (それには磁力があります 慈愛があります) それはもう夢見る真珠の瞳どころではなく 泣こうと喚こうとどうにもならない現実を 直視したそれは眼差でした 自体はどうすることもできないのだと識り そして諦め その涯てに宥しと寛容を帯びた碧さでした (限りなく遠退いてゆく無窮の眼差) それにいつまでも魅入ってしまえば 私の眼差までいつしか同質のマグネシアを放ちそうな 少なからぬ恐怖さえ誘う碧さです そして花が降りそそいだ... − ... and the flowers showered カトリーヌ(幼名ベアトリーチェ)の素性 贅沢三昧にその半生を送ってきたことは 威厳に満ちたプロフィールからも 自信たっぷりな物腰態度からも伺える ふくよかな体躯は王者の宴さながら たわわに乱れる髪は放縦さの象徴 放蕩と享楽の限りを尽くし 我がまま気侭にやりたい放題... あなたはすでにその半生で此岸の極みを尽くしてしまい 此の世のものなら何もかも どのように扱ったらいいのか知っている そしてすべてにうんざりしている その頽廃的になげやりなところが またたいへん現世的に美しい 然しそんなあなたがひとたび微笑すれば 極上の蜂蜜より尚甘く 幼な児よりも健やかで (すべては在るがままで美しい) と確信せずにはいられない程 実際あなたは在るがままで 美しいところも醜いところもすべて含めて 在るがままで美しい あなたの真紅の稀なる微笑は慈愛以外の何ものでもなく 此の世のものでもあの世のものでも ましてやあなたのものでさえもなく (それがどんな経路を辿って発露するのか拙き私などの解せぬところ) 純粋な微笑そのもののエッセンス あなたを人格として捉えれば言語道断極まりないが ひとつの摩訶不思議な現象として捉えれば 毎瞬刻々と千変万化する なんの脈絡もなく開示されてゆく此岸の神秘... つまりあなたにおける神秘とは あなたがあなたであることを止めた瞬間から あなたの裡のあなたでない或る部分が現れた瞬間から 滔々と顕現されてゆくもの 人格としてのあなたから現象としてのあなた 此岸の極みから彼岸の神秘... (そう あなたの本質的な部分は元来地上に属さなかったのだ) そうして終に歓喜のうちにパールの輝きをふりまいて 両腕を高々と恍惚のうちに天上界へと差し伸べる時 天上界と下界との芳ばしい交感が起こる あなたの可愛らしい両腕は異次元間のブリッジとなる あたりは突如として豪華な花苑の海となる 未来永劫のミステリー 神秘の化身カトリーヌ そして花が降りそそいだ... 受肉 − The Conception 時に受肉(神秘の懐胎)は 本人の与り知らぬうちに与り知らぬ領域で起こる その方が受肉としては純粋だ 神秘の方からこの下界へと透明な手を差し伸べてくるのだから (本当のところ受肉というのは より精妙な領域からより粗雑な世界へと あるヴァイブが顕現してくることだ 世界は常に生成変化していて 何かがあらゆる領域へ広がりたいという衝動を持つ それはエネルギーの祝祭への渇望だ) どんな小さな陳腐なものにも 不可知のあるものが降臨するということはある そしてそれは神々しいほどの光輝を放つ ... いや 少し気をつけて観察すれば神秘は至るところに顔を覗かせている あらゆる人の横顔に天使の片鱗が伺える むしろ今まで省みなかったそちらの部分の方が つまり物事の裏側を伏流のように流れている神秘のスペースの方が より本質的なものだと言える すべての人が本来的に天使であり 紛れもない神の愛し児だ 何故ならみんなこの神秘の海洋に浸り 息づいているのだから すべての魚類が大海に棲息しているように 私達にとって神秘とはそこに帰すべき源泉だ 私達は神秘の裡に懐胎され その真只中で呼吸をして そして 或る日その懐に再び消えてゆく |
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